かつて、宇部市には「宇部炭田」と呼ばれた海底炭鉱群がありました。現在の宇部興産株式会社(現在のUBE株式会社)は、当時大規模炭鉱だった「東見初(ひがしみぞめ)炭鉱」や「沖ノ山炭鉱」が石油化学工業に業態転換した企業です。
1940年最盛期の宇部炭田の主な炭鉱分布図(長生炭鉱坑口ひろば掲示資料)
長生炭鉱は、1914年に開坑した宇部炭田の中小規模海底炭鉱の一つで、最盛期には約1,000人が働き、年間16万トンの石炭を出炭していました。朝鮮半島と日本内地との交易航路(釜山港~下関港)の近くにあった宇部市では、朝鮮半島からの移住者等が多く、長生炭鉱でも多くの朝鮮半島出身の労働者が多く働いている状況でした。
1933年撮影の長生炭鉱の石炭積出し桟橋(長生炭鉱坑口ひろば掲示資料)
宇部炭田の多くは海底炭鉱で、海水流入事故の発生が見られました。

長生炭鉱においても、1932年に本坑の陸上坑口から約1.1kmの地点において坑道天盤が崩落し、海水が流入。坑内にいた炭鉱労働者183名が生き埋めとなりました。犠牲者のうち、136名は朝鮮半島出身者であったことが後日明らかになりました。

この事故の原因は、当時の法令で義務付けられていた深さまで掘り下げずに坑道を掘り、石炭を採掘していたためとされています。
長生炭鉱坑内断面略図(長生炭鉱坑口ひろば掲示資料)
事故発生後、坑口は閉鎖され、長生炭鉱も1945年に閉山に。
当時は戦時中で、国民の士気の低下に繋がるような事象であるとして、多くの犠牲者を出す事故だったにもかかわらず、情報統制が行われたようです。
「長生炭鉱殉難者の碑」は、炭鉱事故で亡くなった方を慰霊するため、1982年に旧炭鉱関係者等によって建立されたもの。
1991年に市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」が発足。追悼碑や炭鉱に関係する資料を展示している「長生炭鉱追悼ひろば」を建立し、毎年追悼式典を開催しています。その「ひろば」には事故に関係する資料が多く掲示されています。

こちらの掲示では、犠牲者の多くは、朝鮮半島から強制連行された、あるいは生活苦から渡日を余儀なくされた朝鮮人だったと記載されています。
長生炭鉱追悼ひろば
海面から出ている2本のコンクリート柱は「ピーヤ」と呼ばれる長生炭鉱の遺構で、坑道に繋がる排気・排水口の役割を担っていたもの。他の炭鉱では使われていない用語で、英語の「pier」(桟橋、橋脚、柱の意)が名前の由来と言われています。
長生炭鉱(ピーヤ)跡
「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は、坑内からの遺骨収容を目的として、クラウドファンディングにより資金を集め、2024年10月に本坑坑口が発掘されました。

その後もクラウドファンディングによる資金を募り、2026年2月からは、潜水夫によるピーヤからの調査が開始。遺骨の一部を発見する成果を出しましたが、同年2月7日に調査中の事故で潜水夫が亡くなりました。
発掘された「長生炭鉱本坑坑口」
海底炭鉱での水没事故は、長生炭鉱だけでなく、他の炭鉱でも過去には発生しており、事故が発生するような危険な場所は、二次被害のおそれもあることから、遺体収容が行われないままとなっているところが多々あります。

ピーヤ近くの防波堤に、宇部市が設置した歴史を伝える掲示。追悼ひろばのものと内容に違いがあるのがわかります。
宇部市設置の掲示板
※朝鮮人強制連行について

1938年に施行された国家総動員法(国の全ての人的・物的資源を政府が統制・運用できるとする法律)に基づき、国民徴用令(軍需産業等の労働力を確保するため国民を強制的に動員する勅令(天皇が発する法的効力のある命令))が1939年7月に制定されました。

朝鮮半島出身の労働者の徴用は、この国民徴用令施行当初は、民間企業による自由募集でした。
その後、1942年1月からは政府による斡旋形態となり、さらに、1944年8月の閣議決定により、朝鮮人もこの国民徴用令に基づく強制的な労働力供与の適用対象とされました。

以後の1944年9月から1945年8月の終戦までの11ヶ月間が、国による内地(現在の日本国内)への強制徴用(いわゆる「朝鮮人強制連行」)が行われた時期となります。(さらには、終戦よりも前に日本と朝鮮半島と結ぶ国際連絡航路(下関港~釜山港間の鉄道連絡船)の運航が休止となっているため、実際の強制徴用は終戦よりも前に終了していることになります)

長生炭鉱の水没事故が発生したのは1942年2月で、強制徴用が始まるよりも2年以上前。犠牲者の朝鮮半島出身の労働者が長生炭鉱で働くこととなった経緯も定かでないところ、「国による強制徴用」であったかのような表現は慎重になった方が良いかもしれません。

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